花にまつわる思い出 ~懐かしい人とのepisode~

加茂荘

鮮やかによみがえる思い出、何かの折に急に思い出したこと、時間と共に変化してゆく思い出。
花を見ると思い出す、懐かしい人とのエピソード。
登場するのは、kouちゃんと、その家族と親しい人たちです。

バラのドライフラワー

その日の夕飯は、kouちゃんの大好きな鶏の唐揚げでした。揚げたての唐揚げのお皿を、テーブルの上に置いたママに、kouちゃんが言いました。

「何かいるよ。」
kouちゃんの指さす方向を何気なく見たママは、今置いたばかりの唐揚げのお皿をすぐに抱え、kouちゃんの手を引き、大声をあげました。
そこにいたのは、小さな小さなシャクトリムシ。しかも1匹や2匹ではありません。
クモのように糸を引いて、天井から何匹も何匹もテーブル目指して降りてきていました。

kouちゃんのおばあちゃんは、花を咲かせる名人です。特にバラの花が好きで、きれいに咲いたバラをドライフラワーにしていました。おばあちゃんは目が悪くて、シャクトリムシが卵を産んでいたことに、気が付かなかったようです。
ドライフラワーのバラは、柱に取り付けた花入れに飾ってありました。バラがドライフラワーになっても、産み付けられた卵は生きていたんですね。ある日、卵から幼虫がかえって、小さなシャクトリムシが一斉に移動を始めたのです。
ママは、虫が苦手です。
「もう大丈夫よ。」
泣きそうな顔で、kouちゃんの手を引いていたママに、おばあちゃんが声を掛けました。

小さなシャクトリムシがどうなったのか、kouちゃんもママも知りません。

アジサイ

大正生まれのカンさんは、頑固ですぐに怒る人でした。
ある日、久しぶりに帰省した娘から、悲しい報告を聞いたとき、カンさんは言いました。
「お前は馬鹿だなあ。」
いっぱいいっぱい叱られることを覚悟していた娘に、掛けたのは一言だけ。
それっきり、自分の部屋に入ってしまいました。

悲しい気持ちで帰ろうとした娘に、カンさんは、何故か庭のアジサイの枝を切って渡しました。
カンさんの住むあたりは、肥沃な土壌と豊富な地下水のお蔭で、毎年きれいなアジサイが咲いていました。

カンさんのアジサイは、挿し木にされ、根が出ました。残念なことに、カンさんの庭ほどには綺麗に咲きませんでした。

「お前は馬鹿だなあ。」そんな言葉を掛ける事しか出来なかったカンさん。一枝のアジサイに託した思いが伝わるのは、それから何年も後の事でした。

月下美人

大工のイサさんの奥さんは、月下美人を育てていました。いくつも鉢があって、毎年のようにきれいな月下美人が咲いていました。イサさんも好きで、花が咲く日を楽しみにしていました。

月下美人の花はすぐにしぼんでしまいます。ようやく咲いた花を見るために部屋に持ち込んでいました。悪いことにその鉢にナメクジが付いていたようです。ナメクジは思った以上に動き回ります。

お嫁さんが洗濯をしようと、玄関に脱ぎ捨ててあった旦那さんの作業着を取り上げたとき、ナメクジに気が付きました。ナメクジのぬるぬるした感じが大嫌いなお嫁さんは、作業着をそのままごみ箱に入れてしまいました。

大工のイサさん。何も言わず、ごみ箱から作業着を取り出し、きれいにきれいに作業着を洗いました。
物を大切にするイサさんにとっては、息子の作業着を捨てるなんて、もってのほかでした。

職人堅気のイサさん。やりかかった仕事があると、食事も忘れて打ち込んだイサさん。
奥さんの焼いた卵焼きが、何より好きでした。

花菖蒲

kouちゃんのママのおかあさんが、田舎から出てきました。kouちゃんにとってはおばあちゃんです。
忙しいママを助けるために、わざわざ来てくれたのです。

一通りの事が片付いたので、田舎へ帰る前に一緒に出掛ける事になりました。
近くに、花菖蒲園があります。花の見頃を少し過ぎていたので、入場料は無料でした。
昭和一桁生まれのおばあちゃんは、昭和の激動の時代を生き抜いてきた人で、いっぱいいっぱい苦労してきました。無料は大好きです。とても楽しそうで、おしゃべりが止まりません。
「綺麗だねぇ、花の中で、菖蒲が一番好き」それは、kouちゃんのママも知りませんでした。

「おじいちゃんが菖蒲湯を沸かしてくれた」という子供の頃の話。聞き流してしまったけれど、もっとちゃんと聞いてあげれば良かった。後にkouちゃんのママは、しみじみそう思いました。

愛知県を走る東海道新幹線の山側に、ドキッとするキャッチコピーが書かれていることをご存知ですか?
「無くしてわかるありがたさ、親と健康とセロテープ」

本当の親孝行は、そんな何気ないおかあさんの話を、楽しんで聞いてあげる事でした。

加茂荘

ツツジが咲く、保育園

保育園の裏の土手には、春にはツツジが満開になります。すぐわきを電車が通っていて、一日に何度か見る事が出来ます。大好きな電車を見ながら、naoちゃんはつぶやきました。「つまんない」

いつもなら順番を待つブランコや滑り台を、今日は朝から独り占めできているのに、naoちゃんはつぶやきます。「つまんない」

お友達は、今日はみんなお休みです。誰もいない園庭をぼんやり見ていたnaoちゃんが、ふと何かを見つけました。「自転車だ」
家の中で一緒に遊んでくれるkouちゃん。でも外へ出ると、5つ年上のkouちゃんは自転車に乗り始め、naoちゃんはいつも置いてけぼり。「待って、待って」追いかけても、自転車のkouちゃんはどんどん遠くへ行ってしまいます。三輪車では追いつけません。

naoちゃんは、補助輪がついていない保育園の自転車で、練習を始めました。

今週も土曜日は忙しくて、仕事を休む事が出来ませんでした。仕方なく保育園にnaoちゃんを預けましたが、家で待っているkouちゃんの事も気がかりです。ママは急いで、naoちゃんを保育園へお迎えに行きました。
「naoちゃんなら、園庭で自転車に乗っていますよ。」「えっ、自転車?」
先生に言われて見た光景を、ママは、その後ずっとずっと忘れる事が出来ませんでした。

自転車のタイヤの跡が、まるで模様のように、いたるところ一面についている園庭。
得意そうにnaoちゃんが、自転車に乗っています。
昨日まで一人では自転車に乗れなかったnaoちゃん。
たった一日で、誰もいない園庭で一人で練習して、こんなに上手に乗れるようになったnaoちゃん。
きっと、嬉しくて、独り占めした園庭を、自転車で走り回っていたのでしょう。

泣きながら笑っているママを見て、naoちゃんが言いました。「おなか、すいたね。」

思い出す人の数だけ、思い出話はあります。